VOLUME 2 ニューオーリンズよもやま話

山を知る機会が無いN.Oの人達

N.Oはルイジアナ州の南東部ミシシッピー川の河口から約170km上流のデルタ地帯に発展した町で、この地形から別名“クレッセント・シティ/CRESCENT

CITY ⇒三日月の町”と呼ばれています。ここは世界の海の玄関口として有名でこの地に住む人々は世界とつながる大きな海と大河の恩恵で成り立っているので高い山は存在しますが彼等の社会自体が山そのものと殆ど無縁なのでN.Oの人達の“山”の感覚は日本人の我々とは大きく異なります。

さて“山”が無ければ“木”が無い“石”が無いと様々な問題が出てきます。

しかしN.Oの町の中心地f(フレンチ)・クォーターを散策すると実に美しくて豪華な高級木材のオーク材やチーク材をふんだんに使ったスペイン風・フレンチ風の建物や家具が至るところに数多く見られますし、石材も目抜き通りのバーボンストリートを始め主要道路や大きな建物の床までが素晴らしい石畳造りというふうに町中どこでもふんだんに見る事が出来ます。N.O土産の人気アイテムの一つにN.O家屋特有のスレート屋根の破片に絵を描いた物が存在します。これは一体どうしてなのでしょうか?

綿花物流の拠点地N.O

F.クォーターを出てミシシッピー川づたいに暫く車を走らせると「倉庫地区」と言うとてつもない広い空間が登場してきます。ここがかつて綿花の出入りを一手に取り仕切っていた場所で、現在は大手石油会社の石油保管基地となっていますが、ここに来ると全盛時にとてつもない数の船舶が出入りしていた光景が忍ばれます。そしてとてつも無い量の綿花が世界を舞台にここで取引されていた事も良く解ります。

先ほどの高級木材や石材の話ですがこの時代綿花を運搬輸送する船が入港の際に綿花を満載する分のバラスト(重り)が必要だったのでどの船も必ず木材や石材を山積みしやって来て船が港に着くとそれらを廃棄してから綿花を満載して出て行ったのです。

つまり高級木材や石材で美しいN.Oの町並みは殆どがこの時に排出した廃材を上手に利用した物なのです。そして改めてその量の凄さを図り知る事が出来ます。

世界中から何でも手に入ったN.O

砂糖きびのプランテーションの中の富豪の屋敷の2階で「ここは富豪の娘さんの部屋です」と案内されて入って行って私は意外な物に出会いびっくりしました。

それは江戸時代に将軍や大名が使っていたと思われる高級な「蚊帳⇒かや」が娘さんのベッドの周りに張られていたのです。この屋敷が完成した1787年と言えば日本は間違いなく鎖国をしていた時代。勿論中国にも日本の蚊帳に似た物は存在しますが皇帝等の上層階級の人々が使っていた寝室全体を覆う大きな物で、ここで見たのは個人用の間違いなく日本製と思われたのでここの人に尋ねたら直ぐに資料室に案内してくれてこの蚊帳の入手時間や経路そして価格等の資料を見つけ出してくれました。


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